イタリアでの日々の暮らし      2006年6月 2月 ・3月 ・4月 ・5 7月 ・8月 ・9月


 


うちにクーラーが                                      30/06/06
 

ついに我が家にもクーラーがやってきました。

40年前、まだ日本でもそんなにクーラーを持っている家はなかった頃、

ほかのものはなくてもいち早くクーラーを入れました。

母が高血圧で、夏場にとても弱かったからです。

 

家を出てからはクーラーを設置したことはなかったと思います。

特にここイタリアは日本に比べると空気が乾燥していて、少し風が吹けばとてもすがすがしかったからです。

ところがここ数年、こちらも不快指数が上がってきました。

特に息子の部屋は西側なので午後の日差しをいっぱいに受け、

彼のベッドは中2階にあるのでまるで温室のような按配で、

昨夜はとてもそこでは眠られず下の階のサロンのソファで寝たくらいです。

 

また、PCをおいてPaoloが仕事をする部屋は、前の持ち主が付け焼刃に増築した部屋で、

壁の厚みもほかの部屋の半分ほどで、うえはバルコニーになっているので日が照り付けると

部屋全体がとっても暑くなります。

ということでその二つの部屋用に携帯用のクーラーを買いました。

今のシーズン設置してくれる業者を待っていたら季節が変わってしまうことや

ほかの部屋はそんなに暑苦しくないことなどで、このように決めました。

ところがなんと電気店にいってみると特別大売出しをしていて、

この2台はそれぞれが400エウロ(6万円弱)、でも2台以上買った人には50エウロたせば

もう2台の据付型をプレゼントということで、結局一気に4台のクーラーがやってくることになったのでした。

据付型は在庫がなかったので今日はまだ手に入れていませんが、

移動式のは早速夕食時から使っています。

こうして少しずつ過保護になって、ひ弱になっていくのでしょうか。(笑)


 

ひまわり畑                                        29/06/06

 

息子が小さいときは健康のためを思って、

夏休みには海へ行くのが義務付けされたように頻繁に通ったものですが、

一昨年あたりから、あまり行かなくなってきました。

今日は義妹の要請で、彼女をいつもわれわれの行くところへ案内したのです。

幸い海は凪いでいて、水温も高く、人出は少なく、これ以上は望めない海水浴日和でした。

 

途中アッピア街道を横切るのですが、その近くに今が盛りのひまわり畑があったので、パチリ。

有名なローマの松を背景にして、ひまわりもわが世の夏?を謳歌していました。


 

意外にも                                          28/06/06
 

今夜も息子は友達と出かけたので、残された老夫婦は

久し振りにアイスクリームを食べに以前すんでいた山の上の町へ行くことにしました。

かったばかりなのに故障ばかりのYama○aのスクーターで。

山を登り始めて二人とも首をかしげはじめました。

だって上るほどに暑くなっていくのですから。

普通高いところのほうが涼しいと思いがちですが、

意外や意外、我が家を出たときにはスクーターについている温度計が24度を示していたのに

海抜680mの山の上はなんと31度!

しかも全く風もなく、息が詰まりそうでした。

ジェラートもいわゆる大手会社の出来合いのものを置いているところが増え、

本物のジェラートを探しにくるくる回り、やっと小さな三輪自動車で売っているのを見つけました。

山の上には涼を求めてきた人たちがたくさんそぞろ歩いていましたが、

われわれはジェラートを食べ終えるとすぐに家に引き返しました。

カーサ ドルチェ カーサ (ホーム スイート ホーム)


 

王妃のあとは・・                                  26/06/06
 

どんな花でも少し気後れがするのではないかと思い、違うジャンルを持ってきました。(笑)

この写真はすでに昨年、ロサンジェルスから帰った時にアップしているのですが、

まだご覧になっていない方もおいででしょうし、

なんと言ってもこのところの暑さには最適なのではないかと思い、アップしました。

一生懸命演技するイルカ君たち、かわいかったです。


 

ばら                                  23/06/06
 

わたしはへそまがりで、判官びいきだから、みんながキャーキャー言うものにあまり目を向けない。

それはファッションでもアーティストでも同じ。

そして自分の目で見て本当に良いなぁとなったら、その後はほぼ裏切らずにいつまでもひいきにする。

バラの花にもそういう思いがあって、最初はなるべく遠巻きにしていた。

でも、たまたま今の家の庭に何本かが植わっていて、きれいな花をつけてくれると情が移る。

また、バラは難しいのよぉ。なんていわれると俄然挑戦したくなる。(笑)

そんなこんなで少しずつ(ほぼ急激に?)バラは増えてきた。

今度は、バラ愛好家の中でのへそまがり振りを白状すると

みんなが長ったらしい横文字の名前で呼んでいるのがなんとなく照れくさい気がして、

自分はあまりそういう風にはすまいと思っていた。

バラの根元についていたタグをはずしてなくしてしまったり、

ケースに書かれていた名を控えずに捨ててしまったり・・・。

きれいなバラ、それだけで良いではないかと思っていた。

でも。。。

長年かけて、大変な思いをしてやっと創り出したバラに万感の思いを込めてつけられた名だと思うと

やっぱり名前もおろそかには出来ないと思うようになって来た。

何より、バラ愛好家達との話しに加わるにも、自分のバラを説明しようにも

名前がわからないとたいそう不便だ。

そこで失ったバラの名を調べ続けているし、最近は買ったときにも名札をなくさないようにしている。

そして、もしかしたらこのバラを選んだのは、花の美しさに惹かれたのはもとより

「モナコのプリンセス」という名前そのものにひかれた気がしないでもない。(笑)

 

 


 

 

ツナペースト                        22/06/06
 

バジリコ(バジル)を使ってのペーストはみなさんご存知ですね。

まだの方はこちらをどうぞ。

おとといかなりのびてきたバジリコをあと先考えずに摘み取ったのですが、

こういう時に最適なのがペースト作り。たくさんのバジリコがいりますからね。

ところでバジリコってイタリアのものじゃないのかしら。

だったらなぜイタリア語で呼ばないのかなぁ???

さて、洗って水気をふき取って、さぁミキサーにと思って松のみを探したら切らしてました。

どうしようかと考えてひらめいたのが先日ツナソースを作った時に

Paoloが、「この次はツナソースを攪拌してみたらどうだろう。クリーム状になっておいしいかも・・・」

なんて言っていたのを思い出し、

バジリコとツナとにんにくと塩少々とオリーブオイルをたっぷり入れて攪拌したところ

とってもおいしいペーストツナ編ができました。

お試しください。簡単です。


 

きょうは・・・                                   21/06/06
 

っ、ぬほど暑いなと思ったら、今日は夏至なんですね。(お粗末さまでした。)

雑草さえ暑さに干からびています。

やっと芽を出した苗はぐったり、あちこちから花達が「のどが乾いたよー」と呼んでいるようです。

スプリンクラーのないわが庭では長くて重いホースを手に朝晩1,2時間かけて水をまいています。

スプリンクラーも芝生などには良いでしょうが、花にはそれぞれ水の欲しがり方に違いがありますからね。

花にかけちゃいけないのや葉っぱにはたっぷりかけて欲しいのや、

わたしはバラの芽に付いている小さな虫を強い水流で飛ばします。

だからこうして手で水をまいてあげるのが良いのかもしれません。

時々は自分の二の腕やひたいにもまきます。(笑)

 


 

フェイ・ジョア                                    20/06/06
 

この家にきてからの約2年間は、庭仕事といっても掃除ばかりでした。

その頃の話はここにも書いています

剪定などしたこともなかったのに、とにかく枝をきらないと通れないようなところもあったし、

あまりに姿の乱れた潅木などは素人目にもやはり少し整えたほうが良いだろうと思い、

大きなはさみでちょきちょき始めました。

その時にグリーンのフェイ・ジョアの実も切ってしまいました。

ただの種だと思っていたのです。(笑) そしてその頃は名前も知りませんでした。

たまたま日本から友人が庭のフェイ・ジョアの写真を送ってくれて初めて名前がわかりました。

それからネット上でいろいろ調べて食べ方などを「あゆみファーム」というところで教えていただきました。

日本でも少しずつ人気が出ているようですが、わたしは正直なところあまり好きではありません。

少しアーモンドシロップの様な味がするのです。

ただ我が家に出来る実が、まだそのおいしさを100%引き出していないのかもしれません。  

チャンスがあったらお試しください。

ご覧のようにうちのは小さいですが、

半分に切ってスプーンですくっていただきます。

 


 

いつもと違う夜                                    19/06/06
 

「ダヴィンチ・コード」

Hitomiさんが日本語訳の本を送ってくださったので、興味深く読んだせいか、

映画が来るのが待ち遠しかったのですが、Paoloが忙しくてなかなかいけませんでした。

で、今夜打診してみると「行こうか」ということになったのですが、

息子はすでに友達との約束があったので二人きりで十何年ぶりかで映画館へ行きました。

しかもバイクで!

バイクで二人でどこかへ行ったのも10年以上昔の話だと思います。

映画はあまりの前評判に期待が大きすぎたのか、とくにどうということはありませんでした。

ただキャスティングがとてもよかったのと、こんなに原作に忠実な映画は見たことがないなと感心しました。

映画が終わって外に出たとたんに息子からの電話が入り、映画館の前で待ち合わせ、

2台のバイクで帰ってきました。

息子は私がヘルメット(息子の借り物でした)をかぶり、

革ジャンをきてバイクのうしろにまたがっているところなど覚えていないので、

「ひぇーーーかっこいい!」なんていってました。(笑)

 


 

坑ヒスタミン財                                 18/06/06
 

「これは風邪ではなく、アレルギー性鼻炎ですよ。」と診断されたのは40年近くも昔のこと。

それ以来、アレルギーとの付き合いが始まって今に至っている。

イタリアに来る前は時々薬局でその場しのぎの薬を買って飲んでいた。

一度は体質改善を試みて、黒酢を飲み、絶食するというプランで、案の定うまく行かなかった。(笑)

 

イタリアに来てからもアレルギーはひどく、

息子のこともあるので親子揃って検査を受け、それ以来坑ヒスタミン財が欠かせなくなった。

仕事をしていたので、鼻水だらだらくしゃみ三昧ではどうにもならなかったから。

その後、ゼンソクの発作も出るようになって、そのための薬も増えた。

 

この家に着てから、外へ働きに行かない、ご近所の方とも四六時中顔をあわせるわけではない・・・

おそらくこの辺の状況から本来なまけもののわたしは薬を飲むこともだんだん途絶えてきた。

でも、時にはつらくて仕方がないので思い出したように飲んでみる。

すると驚いたことに毎日飲んでいた時には気が付かなかったけれど、

その薬を飲んだ翌日は体がだるくて気分も朦朧としている。

薬はどこかに作用する代わりにどこかに悪影響をもたらすものだとつくづく思った。

 


 

モグラの被害                                 17/06/06
 

1週間ほど前になるでしょうか、「ジャスミンの小径」(元、竹やぶ花壇のこと)をモグラにあらされました。

ブドウ畑のほうには時々穴が空いていてモグラの存在を予測していましたが、

その辺りにいたモグラが来たとすれば敷地内を横断した格好です。

そうでなければ、新手が小川のほうからやって来たのかも。

とにかくジャスミンの小道を端から端まで縦断していました。

土が盛り上がっているところはぎゅっと押し付けておいたつもりなのですが、

葉が茂っている株などは被害のほどがつかめず、しおれてきたり、

葉の色が悪くなってきてあわてて土を押し込んでいますが、時すでに遅しですよね。

何日もの間、根が空中にあったわけですから水分も栄養も摂取できないでいたんですよね。

最終的にどれくらいの被害になるのかはわかりませんが、

今のところミニカーネーションがからからになっています。

黒に近いえんじから華やかなピンクまで、

色とりどりのミニカーネーションがすらっと咲き競っていたのに。

  

 


 

話したくない日                               16/06/06
 

明日、息子は誰とも話をしないんだそうです。

なぜなら、大好きなグループ<Metallica>のコンサートがイモラ(中部イタリア)で催されるのですが、

14歳半の息子を同世代の友達と泊りがけで、しかもコンサート会場は駅の前という場所ではないので、

われわれ親同盟は参加に反対の意を表しました。

1年も前からわかっていたことですが、息子は最後まであきらめきらなかったようで、

というもの、何人かのクラスメートは行くのだそうで

ついに自分の創痍を表明するために明日は話をしないよといっているのです。

普段、男の癖に・・・と思うほどおしゃべりの息子が

いったいどれくらい話さないでいられるか見ものです。(笑)

 

追:案の定、話をしないではいられない子でした。

でも、時折自分の言った事を思い出しては手話に切り替えていましたっけ。(笑)

 


 

ほたる                                  15/06/06
 

あちこちの掲示板で蛍の写真などを拝見し、そういえばそういう季節だなと

一昨日の夜以来、庭に出て蛍の乱舞に酔いしれています。

実は、皆様にもいながらにしてごらんいただこうとヴィデオにとっては見ましたが、

ヴィデオといってもデジカメのヴィデオなのでズームも限られているし、

とても皆様にお見せできる代物ではありません。

当分はひとりで楽しませていただきます。(笑)


出だし好調                                12/06/06
 

普通のサッカーの試合は見たことがない我が家も、世界選手権ともなれば様子は違います。

いつもの乱闘騒ぎではなく、審判とのいざこざではなく、選手同士の罵りあいではない

スポーツとしてのサッカーが見られるときは、我が家だって見るのです。(笑)

 

そして、期待にこたえてくれました!

相手のガーナはそんなに下馬評も高くないチームだとは思いますが、それにしてはよく戦ったと思います。

中にちょっと性格の悪い選手がいましたが、大体はフェアプレイで戦ってくれました。

 

ゴールをした時にご近所ではなにやら鳴り物入りで感激していたようで、

KenとHanaは怖がって「家に入れてくれ〜〜」とやってきました。(笑)

 


ひと騒動?                                 11/06/06
(同じ内容をメルマガで発表しました。購読者の方には重複することをお許しください。)

 

昨日で学校は終わり、夏休みに入りました。

中学の時に比べると成績は落ちましたが、友達が増え、それなりに楽しい学生生活を送っているようです。

ただ、最後のほうになって、一度学校へ呼び出されました。

何事かと思うと息子がきていたTシャツの図柄が気に入らないという先生がいらしたのです。

黒いTシャツの真ん中に大きな頭蓋骨の絵があるものですが、

クリスマスに義妹がプレゼントしてくれたものです。

その先生いわく「頭蓋骨は死の象徴だからわたしに恐怖を与える」

 

宗教的な根拠はありません。

宗教の先生(しかも聖職者)をはじめほかのどの先生方も何も言われないのですから。

そのTシャツを贈ってくれた義妹は家族の中で一番熱心なカトリックの信者です。

ローマには「骸骨寺」と呼ばれる教会があり、死後の戒めのために頭蓋骨を初め

遺骨で作ったさまざまなものが展示されているほどです。

しかもそのTシャツの骸骨はおどろしいものではなく、きわめて健康的な? 骸骨です。(笑)

 

息子がそういうものを身につけ、

イタリア各地で頻繁に起こっている悪魔狩りだのというようなグループに属したり、

何か通常ではないことをしているならともかく、

優等生とはいえないまでも、品行も成績も極普通で、問題など起こしたこともないのに

ただ、自分の気にらないTシャツを着ているというだけで目くじらを立てるとは。

 

また、わたしの立場から言うと、もうひとつ気に入らないことは

初めて息子がそういうシャツを着たのをみて、(しかもほかにもそういう生徒はたくさんいます)

注意をして(根拠がなくても)、息子が注意を聞かないでくりかえすのなら

校長室へ呼び出したり、親に連絡を取るのもいいでしょうが、

直ちに校長室へ呼び出したということで、

教育=教えはぐくむという意味を考えたことがない方なのではないかと思いました。

息子いわく校長もなんと言っていいか戸惑っていたそうです。

 

とにかく、人に危害を加えたとか、学校のものを破損したとか、落第しそうな成績だとか

そういうことではなかったので、われわれもやり過ごしました。

息子には辛抱しろと励ましたくらいです。

 

そして最終日、息子は故意にそのTシャツを着て登校しました。

朝、教室でバイク用のジャンバーを脱いだとたんにクラスメートから拍手が沸き起こったそうです。

1,2時限目がまさしくその先生の授業だったのですから。

授業といってもこの1週間は授業らしきことはなにもしません。

期末試験も終わり、多くの人がすでにバカンスに繰り出すシーズンですから、

3ヶ月にわたる長い夏休みの前に最終日に少々羽目をはずすのは昔からのことです。

(息子には、羽目をはずす以上の意味があったでしょうが)

 

さて、その先生は予定の15分前に「時間だから」と教室を出て行かれたそうです。

数分後、息子はまたも校長室に呼ばれました。

今度は校長先生も2度目だということで怒ったそうです。それはわかります。

ただ今回も、校長室へはひとりで送られた。 (クラスメート全員が同席したかったそうですが)

その先生が同席し、自分の主張を息子の前で聞かせるのではなく、

ただ罰を与えるようにと言うだけのやり方がどうにも気にいりません。

 

そして、驚いたのはその日、その先生にとっては最後の授業だったのです。

定年になり、もう教壇に経つことはないのです。

何十年ものキャリアをそんな閉じ方をしていいのでしょうか・・・

人事といえど残念です。

彼女が教室を出て、ドアが閉まらないうちから生徒達は怒号を浴びせかけたということです。

それ以外の先生方とは3ヶ月会わないのだからと、それぞれ別れを惜しんだというのに。

 

新しいコンテンツ                    08/06/06
 

「小さなたび」という新コンテンツを作りました。

イタリア料理と同じかそれ以上にリクエストの多いのがイタリア国内の見どころの紹介です。

ただ、うちは主人が旅行関係なので、宣伝にとられるといやなので、

これまであまりそういう記事は書かないできました。

そのために独立したサイトを立ち上げてという実験を昨年したのですが、

どうもうまく行きませんでした。

たくさんのサイトを管理するのは思ったより大変です。

でも、ご希望があるので少しずつ自分が行ったところをご紹介しようかと思っています。

昨日のメルマガで「Fumone」といううちの近所をご紹介したら、久々に感想文がたくさん来ました。

やはり・・・まっていらしたのです。(笑)

 


 

さむーいです。                  06/06/06
 

北部イタリアはもちろん、中部でも標高1500メートル以上のところでは雪が降っているそうです。

こんなに寒い6月は30年ぶりなんだそうです。

このところの腰の痛みは庭仕事プラス、寒さで冷やしてしまったからでしょう。

それを少しでも早くもとに戻そうとして、衣服に貼り付けるホカロンを2日続けて貼っていたら、

なんと低温やけどをしてしまいました。どじな話です。

 

とにかくもう少し暖かくなってくれないと、花達にいまいち元気がないように思います。

やっと少し芽を出したのに、ぜんぜん成長できないでいます。


 

収穫の朝                   04/06/06
 

3日ほど雨ばかりの日が続き、庭に出なかった。

一日に腰を痛めたこともあって・・・

雨が降ると、水をあげなくていいとおもって安心しているととんでもないことになる。

庭のものはいいけれど、鉢に植わっているものは花や葉に雨が当たるだけで土にはかからず、根っこは水にありつけない。

あわてていくつかの鉢に腰水を。

そして野菜を植えたほうへいって見るとルゲッタ(ローマ弁でルーコラのこと)や長めのラディッシュがかなり育っていた。

そして、友人のサイトでそろそろジャガイモを掘り出してもいいと聞いたので早速掘り返してみたら・・・

ご覧のような収穫。これでちょうど半分です。

ジャガイモの花が見たくて思いつきで植えつけたので収穫と呼べるほどでははいけれど、家族3人が何度か楽しみながらいただくには充分。


 

掲示板に関して                                03/06/06
 

何回かに分けてお知らせしておりますが、掲示板を心無い人たちから守るために

少し設定の変更をしました。

今後も変わるかもしれませんが、基本的にはこれまでどおり使っていただけます。

書き込み欄にあるHTTP://から始まるいわゆるURLへは万が一クリックしても

どこへも飛びませんのでご安心ください

IPやホストの名を表に出すことにしましたので、これからやってくる迷惑者たちは2度目は入れません。

 

ただ万全を期すために、うちの掲示板で見かけた皆様のところへ行かないように

現在表示されているページの皆様方のサイトのアドレスはわたしが消させていただきました。

その分お名前のあとにサイト名を入れましたので、

遊びに行きたい方はさまざまな検索で探していくことが出来ます。

 

 

また、これは迷惑書き込みとは関係ありませんが、レスをつけても記事はトップへ移行しなくなりました。

書き込みを確認されるときは下のほうをよくお調べください。

少しでも楽しい掲示板にしたいと思っています。

皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

または、何かご質問なりご意見・改良案がありましたらどしどし聞かせてください。

 


共和国記念日                               02/06/06

 

イタリアほど政治形態がころころ変わっている国も珍しいのではないかと思います。

まぁ歴史が長いですから、単純にほかの国と比較するのもおかしいですが。

紀元前:王政>共和制>帝政

紀元後:帝政>半島内がばらばらで君主制・共和制などが混在>王政>共和制

と、このように変化しています。

最後の共和制になったのが1945年の6月2日なわけです。

左翼政権時代にはこの日をないがしろにしていたようですが、

なんと最近ではイタリアの終戦をもたらしたのが共産党だったという左翼の方々の

左翼による左翼のために都合の好い説を打ち立てたりして、

今も左翼政権ですがしっかりと軍事パレードなどをしておりました。

ローマのすぐ南の街Anzioという港町を始めイタリア国内のあちこちに

ドイツ軍に占領されていたイタリアを開放した(もっとも有名なのはカッシーノの戦い)

アメリカ軍の墓地があるのにもかかわらず、アンチアメリカの為にそういう歴史的事実をものともせずに

自分たちの歴史を捻出してまで政権を取ろうとするサヨクの方々にはあきれるばかりです。

そして、選挙時には一丸となって戦った左翼の方たちも、この日ばかりは二手に分かれ、

方や軍事パレードを観覧する政府の面々。

もう片方は同胞の政府に対する軍事パレード反対のデモ行進。

そして次の日は当たり前のように共通の敵、ベッルスコーニに対してまた協調するという

なんともポリシーを持たないポリティチ(政治家)なのです。


 

季節は巡る                               01/06/06
5月の5日に鯉のぼりを立て、写真に撮ろうとしたのですが

いつまでたっても泳いでくれず、

まあそのうちに風の強い日もあるだろうとのんきに構えていたら

なんと昨日が旧の端午の節句とか。

つまりもう鯉のぼりもおろさなくてはならなくなりました。

そこで、なんだか干物をぶら下げたような格好ですが、

一応我が家の庭には5月5日からちゃんと鯉のぼりが上がっていたと

ご報告しておきます。

楽しみにしてくださっていた方もおられたので・・・