久々に


息子を学校へ迎えに行こうとしていたら電話が鳴り、
「車の点検が思いのほか長引いているので迎えに来て欲しい。」とPaolo。

「先に陽介を迎えに行ってからね。」
と答えて、自分がどうしようもなく母親だと気付く。
夫は待たせてもいいが息子を待たせるわけには行かない。
きっとあと数年すれば事態は変わるだろう。
年老いた主人を待たせるわけには行かない。
元気な若者は少々立ちン坊をしていてもいいのだと。

さて、息子を拾い、さらにPaoloを拾ったところがスーパーマーケットのそばだったので、
「昨日買い忘れたものを買いたいのだけれど付き合ってくれる?すぐだから。」
「OK!」

そのスーパーには衣料品を扱う部門があって、私が食料品を買っている間、
夫と息子はそちらのほうでなにやら探しもの。
私が会計のところへ行ってもまだ来ない。
仕方なく私が探しに行くと同じようなセーターを5枚も選んでいた。

息子は普段8時15分に学校に入り、12時10分に出てくるのだが、
週に一度5時限まであり金曜日は1時丁度に出て来る。
そこで昼食は普段は1時ごろ、金曜日は1時半頃に食べる。
それが今日はもうすでに2時を回っている。

これから家に帰ってしたくしては遅くなるし、
久々に親子3人揃ったのだからどこかのレストランで昼食をとることにした。

ちかくのAnagni(アナーニ)という、これまでに5人もの教皇を輩出した由緒ある街がある。
そこにまだ行ったことがないレストランがあるので行ってみた。
かつての貴族の館を細切れに分譲した一部、地下1階部分と中庭がそのレストランになっていた。

高い天井は木で出来ていて、真ん中にとても古そうな2本の大きな大理石の柱が立っていた。
中世に古いローマ時代の建物からそういう柱を持ってきて新しい建物を立てたので、
たいてい柱は不ぞろいだがここの2本は同じ柱だ。でも、柱頭は少し違う。

平日の昼食時ということで先客は明るい4人のお年寄りと
2人の飾り気の無い格好をした男性、そして母娘だけ。

慇懃に席に案内してくれたカメリエーレ(ウエイター)を見るなりPaoloが、
「あったことがあるよね?」
それを聞いて私も気がついた。同じ町の別のレストランにいたカポ・カメリエーレ。
(カポはこの場合、長の意味)

カメリエーレになったばかりのときは、食べ終わった食器をさげること、
出来た料理を運ぶこと、あるいはワイン以外の飲み物の注文をとるだけ。
客の注文をとるのはよほど大型のレストランでない限りカポ・カメリエーレの仕事。

食いしん坊のわれわれはどこのレストランでも結構歓迎されるし、
気に入ったところが見つかると立て続けに行ってしまうので、
そのカメリエーレもすぐにわれわれのことを思い出してくれた。
約3年ぶりの再会だというのに。

ひとしきり近況報告などをして、メニューを持ってきてくれた。
最近は保冷車が発達したおかげかどうか、山の上の町でもおいしい魚がいただける。
ここのメニューには山メニューと海メニューが仲良く並んでいた。

Paoloと陽介は山メニュー、私は海メニューにした。
Paoloはオレッキエッテという耳たぶのような形のパスタを
なすとタレッジョというチーズのソースであえたもの。

陽介はサフランのリゾットを注文。
こちらの子供はたいていお米がきらいなのに陽介は大好き。
かなりサルビアが効いていたのをとってもおいしいと平らげた。

私はキターラといってギターの弦のように細いパスタ。
(現物はそんなに細くは無く、中華そばくらい。)
それをスカンピという手長えびのソースであえたもの。
ちょっと塩辛かったけどおいしかった。

メインはPaoloが珍しい鳥(名前を忘れました)の煮込み。
陽介はハムやサラミなどの盛り合わせ。
私は小ぶりのイカのおなかにリコッタチーズとズッキーニの詰め物をして
オーブンで焼いたものにプチトマトのソースがかかったもの。

パスタが終わる頃には二人連れの男性達は行ってしまい、
メインが終わる頃にはとってもにぎやかな4人のお年寄りたちも食事を終えた。
お年寄りが集まるとあっちが痛い、こっちが痛いという話が多いものだが
この4人は、特に二人の女性は大きな声で政治家の話や
どうやらアメリカからの里帰りの人たちのようでアメリカの話や、
とにかく元気いっぱいでこちらまで、
いやどうかするとレストランの隣の家にまで届くような声で話をして
何度もわれわれ一同を笑わせてくれた。

隣にいた母娘はリュックを背負ったままでうちの子と同じ ように学校から直行のようだ。
お母さんは一皿済むごとに忙しくベランダへ出てタバコをすっていた。
この母娘もスコットランド人だそうだ。

熟練したカメリエーレはレストランをテアトロのようにしてしまう。
もちろんその場の雰囲気や客によるけれど、
それぞれのテーブルをうまく徘徊して、客と言葉を交わす。
そういうところから、居合わせた客同士がお互いのことをなんとなく知るのである。

今日は私もいつになく気持ちがゆったりしていたので、ついデザートも食べてしまった。
Paoloはズッパ・イングレーゼ、陽介はホワイトチョコのムース、私はモンブラン。

ズッパ・イングレーゼはスポンジケーキにリキュールをしみこませたもの。
なぜかけばけばしい色をしている。
モンブランはちょっと普通のと違っていて、カスタードクリームに
栗の甘荷のつぶつぶが入っているという感じ。
「ちょっと違うね」という私に 「レッジェーロ(軽い)でしょ?」とカメリエーレ。
うーんそうかもしれないけれど、私はもっと栗の味のするモンブランが食べたかった。

でも、レストランにしてはコーヒーも割りとおいしかったし、大満足。
なんと言ってもロカーレ(建物・内装)が素晴らしい。
きっとこの次の外食もあそこになりそう。

父親の休みと学校の休みがなかなか合わなくてあまり一緒に食事をする機会が無かったけれど、
久々にゆっくりと楽しい昼食をとることができた。

Keiko